東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5796号 判決
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【判旨】
二請求原因5ないし8について
1 まず本件建物の朽廃状況についてであるが、撮影日、撮影対象につき<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件建物は一棟二戸建の長屋式木造建物のうちの一戸であるが、建築後既に約四〇年を経過しており、またもともとが荷馬車の馬方達を収容するため建てられたいわゆるバラック造りの建物である。
(二) ところで本件建物の現況についてみるならば、(1)まず屋根は、当初トタン板平葺であつたところ、腐蝕したため西側の一部を除いて波トタンに葺き替えられ、更にそれも赤錆により腐蝕したため、下屋の部分についてはその上に波型塩化ビニール板、カラー鉄板等が積み重ねられ、なお右塩化ビニール板上には、それが風で吹き飛ばされることのないよう重石として煉瓦が数個乗せられている状態であつて、全般に腐朽腐蝕が強度である。(2)外壁は、羽目板張りであつたが既に腐朽したため、その上から古いトタン板を打ち付けて補修し、現況はトタン張りの状態にある。(3)建物の基礎は、便所のコンクリート枠部分を除きコンクリートの破片や大谷石が置かれただけの簡単なものであり、また柱は、直接右の基礎石上に立てられた状態であるとともにその根元が腐朽してきており、それは特に台所の囲りの柱について著しい。そのため右の腐朽の状況に応じて柱が二度ないし四度程度傾斜するに至つている。(4)床は、中央の八畳間の部分については未だ腐朽はみられないが、玄関での廊下状の部分については下に撓む程度弱くなつており、また、八畳間に続く西側の板の間部分についても西へ著しく傾斜し坂のようになつている。
このように、本件建物は現在かなりの腐朽の度を加えた状態にあるため、今後、大修繕を施したとしても、居住性、快適性を十分に回復することは難しく、投下費用に見合うだけの収益性の増加も期待できない。
しかしながら、右のとおり屋根がトタン葺で軽量のため、柱の傾斜や沈下に対し格別大きな影響がなく、また個々の柱の傾斜の程度も軽度であり、建物全体が以前改築した北側建物部分に支えられていることもあつて、近い将来本件建物が倒壊するまでの危険はなく、屋根、外壁も一応風雨を凌ぐ程度の働きは失つていない。更に本件建物の居住性も現状において全く失われたものとはいえず、本件における月額一万五〇〇〇円程度の賃料収入をあげえるだけの経済的効用も残されている。そのため本件建物については、現在直ちに取り壊したとしても特に経済的な損失となる程のこともないが、未だ朽廃という段階にまでは至つていず、朽廃したといいえるまでには本件における鑑定時(昭和五四年六月一一日)からなお五年程を要するものと予想される。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 次に被告による本件建物の利用状況についてであるが、被告がかつてうさぎ、鶏等を飼育したことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、被告の家族は妻、長男(九歳)、長女(八歳)、次女(七歳)、三女(五歳)の六人家族であるが、被告及びその長男が時たま本件建物の玄関付近から外へ向け立小便をしたことがあること、また夏には被告の子供らが砂遊びのため裸足のまま外へ出て、そのまま本件建物の室内に入ることがあつたこと、更に、被告は昭和四五、六年ころ本件建物内の八畳間の畳の上に鉄板を張つた木枠を敷き、その上に薪ストーブを乗せて使用したことがあり、そのため消防署から家主である原告らに対し危険であるとして注意がなされたことがあること、もつとも、これがため被告は昭和四七年ころから右ストーブの使用を止め以後石油ストーブを用いていること、更にまた被告は昭和五三年ころうさぎ、鶏等を飼育したことがあるが、鶏の鳴き声やうさぎの糞が風で飛ぶこと等について近隣から苦情が出たため数か月で飼育を止めたことが認められ、証人渡辺福雄の供述及び原告尾川正美、被告各本人の供述中、右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 一方、被告側の事情についてみるならば、被告本人尋問の結果によれば、前記の被告及びその家族は専ら被告のタクシー運転手としての収入により生活しており、その年収は昭和五三年で約二〇万円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
4 以上の事実から、本件賃貸借契約の更新を拒絶するにあたつての正当事由の存否を判断する。
確かに、原告ら主張のように、本件建物は既に朽廃に近い状態にあつて、もはや大修繕を加えても、その社会的経済的効用を回復することは不可能な段階にあるし、また、被告の本件建物の使用方法にも、かつて適切を欠く面のあつたことも否定できない。しかし、本件建物は朽廃に近い状態にあるといつても、未だ、住居としての効用を残存させ、それを失うまでには昭和五四年六月一一日からなお五年余の期間があり、また、被告の本件建物の使用方法に適切を欠く面があるといつても、本件建物の朽廃状態からみて被告に殊更に丁寧な使用を求めること自体に酷な面があるのみか、室内での薪ストーブの使用、動物の飼育については、被告は原告らの注意にしたがつてこれを取り止め、特に、薪ストーブ使用の件は、本訴提起の五年以上も前のことで、その後本件建物賃貸借契約は、原、被告間において、二度にわたり更新されている。他方、被告は妻と年少の子供四人を抱え、タクシー運転手としての収入により余裕のない生計を立てており、現在、被告の家族が他に転居を強いられる場合に予想される生活上、経済上の不利益は可成り大きく、被告にとつては深刻なものがあるが、これら被告の事情を考慮すれば、原告ら主張の事実から、原告らに本件建物の賃貸借契約の更新を拒絶するについての正当事由があると判断することは到底できない。
よつて、原告らの更新拒絶による本件賃貸借契約終了の主張は、その余について判断するまでもなく理由がない。
(山口和男 持本健司 山田知司)